※本記事は住宅情報WEBマガジンDaily Lives Niigataによる2023年12月29日 の取材記事です。
今回取材に訪れたのは、
上越市塩屋新田にある株式会社カネタ建設の
kinoie(キノイエ)モデルハウスです。
「kinoieモデルハウス」。
間口方向にゆったり伸びる「下屋(ゲヤ)」と
総2階の「母屋(ベース)」の2つのボリュームで
構成されている。延床面積は35.5坪。
カネタ建設は1933年にカネタ猪又製材所という名前で糸魚川市に創業。その後家づくりをはじめとする建築事業や土木事業へと領域を広げてきた会社です。
こちらのモデルハウスが完成したのは2016年6月。それから7年の年月を経た建物がどのように変化しているのか?カネタ建設が提唱する住まい“kinoie”が生まれた背景や、そこに込められた想いとは?
同社代表の猪又直登(いのまたなおと)さん、取締役 住宅事業部統括部長の伊藤正之(いとうまさゆき)さん、設計・施工管理課係長の榮妙(さかえたえ)さんのお三方に伺いました。
左から伊藤正之、猪又直登、榮妙。
戦前に製材所として創業
鈴木さん
では、まずはカネタ建設さんの歴史を教えて頂けますでしょうか?
カネタ猪又材木店時代の写真
現在の売上構成比は建築事業の割合が大きく、全体の70%を占めています。住宅だけでなく、糸魚川市内のお寺や小学校の建築などに携わってきましたし、糸魚川の飲み屋の建築を手掛けた数はカネタ建設がダントツだと言われています。
猪又直登/株式会社カネタ建設 代表。1971年生まれ。
大学卒業後、大手玩具メーカーの営業、キャラクター版権担当を経て1999年にカネタ建設入社。
2001年より同社代表取締役。糸魚川杉を利用促進する官民連携団体を立ち上げ、まちづくり活動を行っている。
映像編集が趣味で同社のYouTubeルームツアー動画の撮影・編集も自ら行う。
鈴木さん
2016年の糸魚川の大規模火災がまだ記憶に新しいですが、1932年にも大火があったのですね。その復興のために創業者が帰省して製材所を立ち上げたのがカネタ建設さんの始まりということですね。上越店はいつオープンしましたか?
オンリーワンの家づくりから、
普遍的なスタンダードへ
鈴木さん
それでは、ここからkinoieの話を伺えたらと思います。まずはkinoieが生まれた経緯や背景を教えて頂けますか?
でも、お客さんがつくりたい家をつくって上げることが本当に正解なのか?という疑問が徐々に湧いてきて。自信を持って「カネタ建設の家はこういうものです!」と提案できるスタンダードが欲しくなってきたんです。
オンリーワンとうたいながらスタンダードのラインをつくることには葛藤がありましたが、それでもやることに決めて、ここにいる伊藤をはじめ、当時の建築のスタッフと一緒にいろいろな会社に話を聞きに行きました。
元々当社の設計はみんな個性が強い。それがいいところでもあるんですが、みんながバラバラにやっているとカネタ建設のイメージは薄くなってしまいます。設計者によってテイストが違うので、当時は「カネタ建設は個人商店の集まりだ」と揶揄されたりもしていました。
伊藤正之/株式会社カネタ建設 取締役 住宅事業部統括部長。1972年生まれ。
二級建築士。専門学校を卒業後、地元建設会社にUターン。2006年にカネタ建設に入社し、
設計営業、現場管理を担当。現在は、統括部長として、各ブランドのマネジメントを行っている。
鈴木さん
以前の「オンリーワンの住まいづくり」に危機感を持ち始めたきっかけはありますか?
たしかに上越地域の確認申請を見ると半分以上がローコストメーカーだったんですよね。しっかりと自分たちの個性を打ち出していかなければ、そっちに引っ張られて苦しい戦いになることが想像できました。
だからこそ僕たちがプロとして、家づくりにおける優先順位や費用の掛け方なども含めて提案していく必要があると思うようになりました。
鈴木さん
「オンリーワンの家づくり」という言葉には、注文住宅の醍醐味や楽しさがありますが、そういう課題もあったんですね。お客さん主導の完全自由設計から、コンセプトに基づいた提案型へ。これは大きな変革ですね。
長く愛されてきた町家がモチーフ
鈴木さん
では、ここからkinoieのコンセプトについて教えて頂けますか?
1つ目の「飽きがこないデザイン」ですが、昔から愛されている家の一つが町家だと考えたんです。町家は上越にも糸魚川にも京都にもあります。そして、調べていく中で「現代町家」を提唱している建築家・趙海光(ちょううみひこ)先生に辿り着きました。
町家というと、間口が狭く奥に長い「ウナギの寝床」のイメージがありますが、よくよく話を聞くと、今のパッシブデザイン(太陽光や風などの自然エネルギーを活用し、快適な室内環境をつくり出す設計手法)のはしりのようでもあるんです。
例えば、夏の熱い空気を町家の土間で冷やしながら室内に入れたり、採光のための中庭に植栽を施して、植物に反射したやわらかい光を室内に採り込んだり、中庭に池をつくることで温度差によって起こる風を採り入れたり。快適に過ごすための工夫がいろいろ考えられているんですよ。柱と柱の間の距離が規格化されていて、コスパよく建てられるようになっているのも特長ですね。
伝統的な町家の合理的な考え方と、現代の高性能な窓や空調の仕組みを組み合わせたのが現代町家です。また、自然素材を使うことで、上越や糸魚川という地方の風景に似合う飽きのこない家ができ上がると考えました。
僕らは、建てた家が30年で空き家になって壊されるのではなく、ずっと住み続けてほしいと思っています。そして、住まい手がそういう気持ちになる家というのは「飽きがこない家」だと思うんです。
それを形にしたのがkinoieモデルハウスで、この建物は趙先生に企画・設計・監修をして頂きました。その後も趙先生にはポイントポイントでアドバイスを頂いています。
このモデルハウスの中の広い土間スペースもまさにそういう場所です。
大谷石で仕上げられた土間スペースは、半分外のような空間。
深い軒は昔ながらの日本の家を彷彿させる。
軒下に柿や大根を吊っても絵になる外観。
靴を脱いで床までは上がらないけれども、半ソトのような場所で会話ができる。それがこの地域らしい暮らしであり、それができる家をつくりたいなと。あとは軒先に柿を干した時に似合うとかですね。
気候のいい時季、ウッドデッキはリビングのように使える。
積み木が転がっていたり、プラレールが広げられていたりする様子は、ホテルライクな家では雑然として見えるかもしれませんが、kinoieでは気にならない。日々の暮らしでストレスを感じてほしくないと思っていますが、kinoieはまさにそれができる家です。
コンパクトでハイクオリティを目指す
鈴木さん
上越地域の風土になじむ現代町家。温故知新のロングライフデザインですね。コンセプト2つ目の「健康・安心・安全」についてはいかがでしょうか?
モデルハウスの2階の柱の位置は1階と一致している。
そこで窮屈に感じないように、玄関をリビング側に取り込んで3.6畳程の土間スペースをつくっています。
コンパクトにすることで冷暖房効率も良くなりますし、使う建材の量も工数も抑えられます。上質な仕上げの家を大きくつくるとコストが掛かりますが、うまくコンパクトにまとめれば、ちょうどいい予算でハイクオリティな住まいを実現できます。
天井の梁が現わしになっている部分が
約11畳の空間。
ベース+下屋で構成する
設計原則に基づいた建築
鈴木さん
では実際にkinoieを設計に落とし込む上で大事にしているのはどんなことでしょうか?
榮妙/株式会社カネタ建設 設計・施工管理課係長。
1977年生まれ、上越市出身。二級建築士。
1996年にカネタ建設に入社し、設計と現場管理の両方を行う。
2004年にNYへ渡り2007年に帰国。二男一女の母。
現在は設計担当者として、永く住み続けられる居心地の良い住まいを提案している。
これはkinoieに限らずですが、「寝室は8畳で、LDKは18畳で…」という考え方ではなく、「この土地でこの住まい手には、この家がベストです」という提案をしたいと思っていて。畳数は数字にしかすぎませんので、畳数の話というのはあまりしません。
鈴木さん
たしかに空間同士のつながりや窓の配置などでも印象は変わってきますよね。ところで、kinoieの設計原則とはどういうものですか?
kinoieモデルハウスは6m×8mのベースに、下屋を組み合わせた構成。
また、ベースの中はなるべくワンルームのように使いたいという想いがあり、このモデルハウスもそうですが、外周部分に耐力壁をしっかり取るようにしています。
モデルハウスの1階は間仕切りが少なく、中心部に柱が2本あるだけの開放的なプラン。
モデルハウスには下屋部分を利用した離れも
設けられている。
基礎断熱によって床下空間を室内とみなし、床下をエアコンで暖め全館暖房をする仕組み。
箱パントリーが見られる「陀羅尼町の家」。
「春日野の家」のLDK。「陀羅尼町の家」と同じ要素が見られる。
やわらかく光を反射する漆喰壁と、
経年変化で味わいを増していく杉の無垢フローリング。
モデルハウス2階の「すのこ天井」もkinoieの特徴的なデザイン。
杉板をすのこ状に張ることで表面積を増やし、調湿効果を高めている。
造作家具には杉の幅はぎ材を使用。
コンパクトでもゆったり暮らせる工夫
モデルハウスの和室から望む庭。
明暗差によってメリハリが生まれ、視線は自ずと外へと向かっていく。
伊藤
それに、建物が小さくても、庭などの外部も自分たちの居場所に変えることができます。そのために敷地を上手に使うことを、kinoieを始める時に一層意識するようにしました。それはこの上越地域という地方ではやりやすいと思っています。山が見えて、夜は星空がよく見える。この地域の暮らしの魅力を伝えることで、ひいては上越地域にUIターンする人が増えたらいいなと思っています。
下屋で通りからの視線を遮った庭では、外からの目を気にせずに過ごせる。
鈴木さん
「積極的に外を居場所にしよう」という意識がkinoieから強くなったのですね。
“地材地建”。地元の木で愛着が深まる住まいづくりを
鈴木さん
序盤でもたくさんお話を聞かせて頂きましたが、kinoieで伝えていきたい価値観とはどんなことでしょうか?
伊藤
繰り返しになってしまいますが、僕らがつくる家を空き家にしたくないので、「ずっと住み続けたい」と思える家を増やしていきたいですね。そのために、暮らせる性能の重要性も伝えていきたいと思っています。
猪又
あと、近年僕らが大事にしている考え方に「地材地建」があります。この地域で生まれた材料を使って家を建てようという取り組みで、具体的には糸魚川産杉を積極的に使っていこうとしています。
伊藤
このモデルハウスを建てた2016年当時はまだ糸魚川産杉の建材の流通が十分につくれていなかったので、このモデルハウスに使っているのは外壁材くらいですが、今は幅はぎ材などの内装で使えるものが増えてきています。
モデルハウスの外壁に使われている糸魚川産杉。
細めの板が気品を感じさせる。
つくり手だけでなく住まい手が「やっぱり地元いいな」と思えるような家づくりをしていきたいですね。
故郷に帰ってきたくなる家をつくりたい
1年後に点検で伺うと、コンポストを置いて本格的に野菜づくりをしていたり、庭木が増えていたり、そんなふうに暮らしを楽しんでいるのを見ると僕らもうれしくなります。
それが家に愛着を持って長く住み続けることにもつながると思いますし、そういう思い出があることで、一度東京に出ていった人が、再び故郷の上越地域に戻ってきたいと思うかもしれません。
上越も糸魚川も人口がどんどん減っています。自然豊かで景色もよく、すごくいい場所なのにもったいないなと思っていて。だからこそ、この地域の魅力を感じられる家づくりをしていきたいんですよね。
それはギラギラしたカッコいい家をつくるということではなく、玄関先に柿が干してあったりとか、長靴やスキー板が置いてあったりとか、この地域らしさが絵になるような暮らしをつくるということです。それが自然とかっこいいと思える家がいいなあと。
7年経っても古びれない落ち着いた住まい
あと、kinoieはとても寛容で自然体な家です。人が人らしくいられる建物というか。「こういう人にしか向いていない」という家ではないので、ぜひたくさんの人に興味を持ってもらえたらうれしいです。
あと、いつかやりたいのが“街並み”をつくること。3~4区画くらいのミニ分譲にして、kinoieのモデル街区をつくりたいですね。
2016年に生まれたカネタ建設のスタンダードライン「kinoie」。長く愛着を持って暮らせるように…という願いが込められていますが、コンセプトはそれだけではありません。
地域の建材を使って建て、住まう人が地域性を楽しみ、さらには上越地域に住むことの魅力を伝えていく。人口減少に歯止めが掛からない地域の課題を見つめ、家づくりで解決していきたいという、地域工務店としての強い願いや使命感が感じられます。
そのコンセプトを体感できるのが、7年の歳月を経た上越市塩屋新田にあるkinoieモデルハウスです。kinoieの魅力や込められた想いを確かめに訪れてみてはいかがでしょうか?